のんびりTennyのロハス日記

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じあんちゃんからサプライズ!

お友達のじあんちゃんが、何やら重~いものを送ってくれました。
包みを開けてびっくり!!

感動米2


なんとそれは、‘お米‘ だったのです

しかも、そんじょそこらのものと違う・・・
「御用達米」って書いてあるよ~!

感動米1


ひとつは白米でお店の名前入りの御用達米、そしてもうひとつは玄米で私の名前の御用達米が、そしてチラッと上のほうに見えますが、名前別にポエム調のものが書いてある・・・

す、すごい! 感動の米、と書いてありますが、まさに感動ですよ~

見た目だけではありません。このお米、化学肥料は一切使わず、有機質堆肥をふんだんに施し、天日で乾燥させる、いわゆる「はぜ掛け米」なのです。でも、あえて『有機』としていません。その説明がパンフレットと共に、手書きのお手紙で添えられていました。

最近、添加物、経皮毒、経口毒、などのワードがすごく気になりますが、じあんちゃんの影響もすごく大きいんですよね。まだまだ色々な事に無頓着だった頃から沢山教えてもらいました。ただ、食に関してはなるべく自然のものをと思ってはいますが、田舎ゆえ旬の野菜は食べきれないほど頂くし、お米は母の実家から分けてもらうので、お米や野菜に関しては関心が低かったかもしれません。実は玄米も買った事無いんです。でも、今回頂いた事で意識が変わりそうです。

じあんちゃん、ありがとう さっそくいただいてみますね。
って、もったいなくて中々食べられませんが・・・(笑)

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じゅんの思い出  虹の橋編

 昨日1月17日は愛猫じゅんの命日でした。そう、阪神大震災と同じ日なんです。ぐずぐずしていたブログの開設も、じゅんの生きた証を残したくて始めたのだけど、何となく積極的には書きたくない気持ち、そしてタイミングを逃した、と言うのもあって結局1年も経ってしまったのですね。今日はそんなじゅんの思い出を少し綴りたいと思います。

命日 花2


じゅんの病名は「リンパ腫」でした。本来は比較的若い猫ちゃんに発症するらしいのですが、じゅんは9歳、しかも急性だったと思います。なぜなら、亡くなる3ヶ月前に行った健康診断では何の異常も無かったから。異常を感じてお医者さんに連れて行ったのが、5日前。午前中預けて午後担当のI先生が電話を下さったのだけど「今日は帰りましょう」などとおかしい事をおっしゃる・・・・。 翌日検査結果が出るとやはりじゅんはリンパ腫でした。しかも、かなり重症でごはんを食べないばかりではなく、肺に水が溜まって呼吸が苦しい様子。世の親御さんたちの「代われるものなら代わってやりたい」という気持ちがこれほどわかった事はありませんでした。

それから数日はもう無我夢中。 毎日のように苦しさを取り除くために水を抜く治療。苦しい、痛い治療。そして科学的療法をするかしないか・・・。担当のI先生、本当によくじゅんを診て、そして私の相談にも乗って下さいました。最終的に科学的療法をするかしないかは、私の決断。「でも先生だったらどうしますか?」なんていう私のばかげた問いかけにも「う~ん」と言ったきりすごく考え込んでいる・・・。私がこの病院を選んだのは、院長先生はじめ、どの先生もペットをまるで人間のように扱ってくれる事。ひとつの小さな命を宝物のように扱ってくれる事。それは私達飼い主にとっては非常に嬉しいし、頼るのは先生しかないのだから本当に心強かった。結局、じゅんは化学療法をする間もなく、虹の橋に行ってしまったけれど、今となってはこれ以上苦しい治療をしなかった事だけでも良かったかな、と思っています。

亡くなる前日はお休みで、その日は一日一緒に過ごしました。
次の日から、あまり移動は可哀そうなので私が勤め先である実家に泊まりこむために沢山の荷物と共に出勤しました。 リンパ腫と言う病気はからだが火の塊のように熱くなるらしく、暖房はおろか寒いほうへ寒いほうへと行くらしいのです。それを覚悟の上の大荷物。案の定、いつもいる居間にはおらず苦しいからだを引きずって一番奥の部屋へ移動したじゅん。事あるごとに見ていたつもりだけど、午後見に行った時はあごを突き出して眠っていたので、その隙に仕事を済まそうと2時間近くそっとしておいてから見に行くと・・・  じゅんは痙攣を起こしていました。パニックに陥りながらも抱きかかえながら、慌てて先生に電話して担当の先生に代わってもらっている最中に、じゅんは私の腕の中で虹の橋へと旅立って行きました。その間、たぶん5分あったかなかったか・・・。どのくらい、苦しい思いをしていたのだろう。付いていてあげられなくてごめんね・・・。 でも最期を教えてくれたのかな・・・。最後まで親孝行だったよね、じゅんは。

あれから1年。
でも昨日の事のように、鮮明に蘇ってきます。

甥っ子の大透(来月で3歳)は、今もちゃんとじゅんの事を覚えてくれています。
「じゅんちゃんに会いたい?」って聞くと大きく「うん」と答えてくれるし、お空に向かって「じゅんちゃ~ん、おいで~」なんていうパフォーマンスも私のリクエストに応じてやってくれて、本当に可愛い子です。

いつまでも、じゅんの事を忘れないでいてね。おばちゃんのたっての願いです






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あけましておめでとうございます

皆様、お正月はいかが過ごされましたか?
年末から今日までという、長~いお休みを過ごされた方も多いのではないでしょうか?
31日夕方まで仕事、かつ重役出勤とはいえ、2日から仕事だったので、長いお休みの方が本当に羨ましいです

相変わらずのスローペースではありますが、今年もどうぞ宜しくお願い致します。

お正月1


一ヶ月以上ぶりにデジカメ持ちました(笑)
さて、これはなんでしょう?

お正月2


お正月らしいもの、何撮ろう? と考えたらお店にこんなものがありました。
脇に明治45年と書かれています。
酒店の前は、どうも石油店だったらしい・・・。当時はランプの油などを卸す商売をしていたそうです。当時はこんな広告を出していたのですね・・・。たぶんこういう雛形があってそこに文章と店名を入れるだけのようですが、それにしても石油の後の文字がわかりません。久美油?それとも入と言う字なのか、又なのか・・・定かではありません。
これは数年前、お客様の蔵から出てきたとかでカラーコピーさせていただいたものなんですよ。うちの曾おじいちゃんは「佐久間象山」とお友達だったとかで、手紙や掛け軸などが沢山あったそうなのですが、祖父はまったくそういうものに興味が無かったらしく、お店を建て替えるときにみんな処分してしまったとか。お宝鑑定団に出せるもの、あったかもしれませんね~(笑)

さて、私の年末年始は・・・
まず、年末に悲しいお別れがありました。
ご近所のTさんが、不慮の事故によって天に召されてしまいました。まだまだ田舎のこの辺は長屋の熊さん八さん(こういう字?)的な、いわゆる近所づきあいがあって、みんなすごく仲が良いです。おかずを分けてもらったり、困った時にはすぐ飛んでいく(これも方言!)、そんなお付き合いをしています。個人的に、すご~く親しいというわけではないけれど、お店にいくといつもいるのが当たり前で、とってもひょうきんなおっちゃんで、近所でも大の人気者でした。一昨年、地元の松代高校が甲子園出場を決めたその日のこと。知り合いの信毎の記者さんが、掲載写真を撮る為にうちへやってきました。号外を手ににこっとポーズを取る私の目に、30m程先のTさんのお店に号外を張りまくる姿が・・・。「Sくん、あっち、あっち!」母の声と共に走る記者さん。
次の日、何十枚と貼られた号外の中で、本当に嬉しそうな笑顔のTさんの顔がデカデカと掲載されました。あの笑顔は永遠に忘れられないでしょう。

母は、今年は松飾を飾りたくない、と言いました。お店だからそういうわけにもいかないけど、ウインドーのお花に松が入っているから、今年はそれでよしにしましょうと言う事にしました。

Tさん、千の風になっておばあちゃんはじめ、家族を見守ってて下さいね。
みんな、Tさんを忘れないよ・・・。

昨年は紅白を久しぶりに見ました。最後のほうをちょっとだけですが。
ちょうど、「千の風になって」やコブクロの「蕾」、そしてドリカムを見ました。
「千の風になって」は、昨年愛猫じゅんを亡くした頃に盛んにかかっていた曲、「蕾」は亡きお母さんの事を思って作った曲だと初めて知りましたし、ドリカムの吉田美和さんも昨年最愛のだんな様を亡くされて、でも笑顔で熱唱された姿を見て、じゅんの事やTさんのことなどが重なってしばらく涙が止まりませんでした。

ここ数年、色々なことがあったけど、今年は穏やかで優しさにあふれた一年になりますように。皆様におきましても、健康でかつ幸せな年になりますように、お祈り申し上げます。

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